
平井正也 作
魚の世界には医者はいません。鳥の世界にも医者はいません。その村にもやっぱり医者はいませんでした。けれどもわたしは、わたしたちのことばでは医者と呼ぶのがほんとうのような人を知っています。ですからわたしたちは彼のことをDr.ハポンと呼ぶことにしましょう。
第6話「Dr.ハポンの本をつくろう」
いつも誰かと一緒に遊びながら、知らず知らずに具合をよくしていたDr.ハポン。友達は益々ふえる一方でした。ある日なんかは、順番待ちの列が、ハポンの家から川を渡ってとなり村まで続いたほどです。なかには待ちながらハポンのことを思っているだけで元気になってしまう人もいましたが、とてもじゃないけど全員と遊ぶことはできませんでした。
そんなわけでいつの頃からか「ハポンの本があったらいいのに」とみんなが思うようになりました。そうすれば少しくらいの病気なら、自分で調べてよくすることができるからです。
とうとう行列がとなりのそのまたとなりの村までのびてしまったある日、ネオンがみんなを代表してこう頼んだのです。

「ねえハポン。きみに会えないとき、たとえば夜中に急に熱を出してしまったときなんかにどうすればいいか教えてくれる本があった、ほんとうに素晴らしいと思うんだ。きっときみにしかできない仕事だよ。」
Dr.ハポンはその晩からさっそく本を書きはじめました。みんなそれを聞いてどれだけよろこんだことでしょう。遅くまで明かりの消えないハポンの家に、毎晩さしいれが届き、「ハポン、本がんばってね!」と声をかけていきました。お月様も大きくなったり小さくなったりしながらDr.ハポンの仕事を見守っていました。
そしていつもよりも月がおおきく輝いた十五夜の晩、ついにそれは完成したのです!ハポンには内緒で完成記念パーティーの準備が調えられました。お庭にこの秋採れたきのこや果物がならべられ、村びとみんなが集まりました。
なにも知らないハポンがネオンに連れられて出てきたときの、おどろいた顔ったら!あんまりびっくりしているのでみんな大喜びしていると、ハポンはこんなことをいったのです。
「こんなにたくさん友達が集まるなんてネオン、きみはしあわせ者だね。」
ネオンはキョトンとしてハポンに聞きました。
「なにをいっているんだい、ハポン?みんなきみの立派な仕事の完成を祝って集まってくれたんじゃないか!」
「ネオン、ぼくはただきみのために書いただけさ。」
みんなはそれを聞いて静まり返り、しばらくしてざわざわしだしました。
そうなのです。ハポンが抱えている分厚い本の表紙には『ネオンが夜中に熱を出したときどうすればいいか?』と書かれてあったのです!

ハポンは続けてこういいました。
「誰一人おなじ人はいないのに、誰が読んでも役に立つ本なんて書けません。ネオンのことだけを書くのにさえ、たぶん一生かかるでしょう。」
集まった人たちは最初はすこしがっかりしましたが、そのうちおかしくなって顔を見合わせて笑いました。そしてごちそうを食べながらみんなでページをめくってみました。それはわたしたちの知っているような医学書とはとても似つかないもので、まるで冒険物語のように誰が読んでもおもしろかったということです。
ねえ、みなさんもDr.ハポンの書いた本を読んでみたいと思いませんか?ネオンのためだけに書かれたこの本の中に、わたしたちのしあわせの秘密も隠されているような気がしませんか?その本が読めるのは月にいちばん近い山のいただきかもしれませんし、宇宙の反対側の小さな星かもしれません。
(「健康保険」2005年9月号 掲載)
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