
平井正也 作
魚の世界には医者はいません。鳥の世界にも医者はいません。その村にもやっぱり医者はいませんでした。けれどもわたしは、わたしたちのことばでは医者と呼ぶのがほんとうのような人を知っています。ですからわたしたちは彼のことをDr.ハポンと呼ぶことにしましょう。
第5話「アロアロくんとネルコちゃん」
Dr.ハポンにはごくたまにしか会うことができない友達がいました。その人の名前はネルコちゃんといいます。どうしてたまにしか会えないのかというと、ネルコちゃんはたいていの時間、眠っているからです。
その日はとても暑かったので、Dr.ハポンはアロアロくんと一緒に川あそびに出かけました。せせらぎの音を聴くだけでスーッと汗がひいていきます。揺れる柳の木の下で涼んでいると、ふらふらとネルコちゃんがやってきました。

「こんにちはネルコちゃん。君に会うのはどうやら去年の九月以来だね。」
「あらそう、ハポン。おとといくらいのことじゃなかった?とにかくこんなに暑くちゃ眠っていられないものね。そちらはどなた?」
「あ、あの、わたしアロアロといいます。旅の途中でハポンさんに出会ったのです。」
「あらそう、あたしも毎日旅しているようなものよ。眠るのって旅しているのと似ているわ。」
アロアロくんはネルコちゃんの睡眠時間を聞いてびっくりしてしまいました。なにしろ一日のうち起きているのはたったの三十分くらいなのですから!
「あ、あんまりたくさん眠るのは体によくないです。わ、わたしは毎日九時に蒲団に入って五時には起きています。」
「あら、みんな歩く速さが違うんだから、眠る時間だって違っていいんじゃない?」
「・・・・。」
アロアロくんは健康にいいと聞いたものは誰にだっていいものだと信じていたので、二十三時間三十分眠って平気な顔をしているネルコちゃんが不思議で仕方ありませんでした。
「あなたはそんなに早く起きて眠くならないの?」
「わ、わたしはこわい夢を見てしまうので、眠るのはあまり得意ではないのです。」
「だったらそんなに早く寝なけりゃいいのにねえ、ハポン?」
と言って振り返ってみると、Dr.ハポンはそよ風に帽子を揺らしながら眠っていました。ネルコちゃんはやさしくほほえんで、ハポンを起こさないように静かにこういいました。

「ね、自分のリズムで生きるってことよ。それより大事なことが他にあるかしら?だって規則正しく生活するっていったって、その規則はあなたの中にあるものなんだから。」
そんな考えを聞いたのははじめてだったので、またしてもアロアロくんの目から涙がぽろぽろこぼれました。はじめて聞いたのになぜだか大切なことを思い出したような気持ちになったのです。アロアロくんはあしたもネルコちゃんに会いたいと思いましたが、一日三十分じゃ足りないなーと思ったのでした。
ねえ、みなさんは一日何時間眠っていますか?この世の中で自分のリズムで生きることなんかはじめからあきらめていませんか?そんな生活ができるのは、なにも月にいちばん近い山のいただきとか、宇宙の反対側の小さな星だけのはなしではないかもしれませんよ。
(「健康保険」2005年8月号 掲載)
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