平井正也 作

 魚の世界には医者はいません。鳥の世界にも医者はいません。その村にもやっぱり医者はいませんでした。けれどもわたしは、わたしたちのことばでは医者と呼ぶのがほんとうのような人を知っています。ですからわたしたちは彼のことをDr.ハポンと呼ぶことにしましょう。

第4話「Dr.ハポンとアロアロくん」

 あるすがすがしい初夏の日のことでした。Dr.ハポンと友達のネオンが丘の上でお弁当をひろげているところに、ひとりの旅人が通りかかりました。Dr.ハポンは一緒にお昼を食べようと話しかけました。

 「こんにちは旅人さん。とれたてのトマトのサンドイッチ、おひとついかがですか?」
 旅人はひどく神経質そうな顔つきで、早口にこう答えました。
 「あ、あのね、わたし自分のがありますから、大丈夫、それに外は紫外線がつよくていけないです。」
 旅人の名前はアロアロくんといいました。全身黒ずくめのおかしな服を着て、顔は真っ白でまるでガイコツみたいでした。ネオンは旅のおもしろい話を訊きたかったので、無理を言ってひきとめました。アロアロくんはしぶしぶ木陰に腰をおろすと、大きな布の袋から小さな瓶や筒をたくさん出しました。ネオンはわくわくして訊きました。
 「それがきみのお昼ごはん?」
 アロアロくんはすこし得意そうに答えました。
 「は、はい、この瓶は血液をサラサラにする葉っぱのしぼり汁、この筒はやせるきのこの粉なのです。」
 「へええ。それっておいしいの?」
 「お、おいしくないけど、飲まないといけないのです。」
 「それじゃあそっちの黄色い瓶はなに?」
 「これは記憶力がよくなる油です。」
 「そんなのどこで見つけたの?」
 「・・・わ、忘れちゃったです。」
 「・・・。」
 アロアロくんは恥ずかしそうに黄色い瓶の油を飲み干しました。
 話によると、生まれたときからあまりからだが丈夫でないアロアロくんは、健康にいいものを探して世界中を旅しているということでした。
 「こ、この村にはハポンさんという有名なお医者がいると聞いたのです、し、知りませんか?」
 せっかちに訊ねるアロアロくんにDr.ハポンはゆっくりと答えました。
 「ぼくがそのハポンです。だけど、ぼくはきみの持っているような薬は何も持っていないし、健康のことはよくわからない。それで、きみは健康になったらなにをしたいの?」
 ずっと健康になるために旅を続けてきたアロアロくんは、健康よりも大事なものなんて考えたこともありませんでした。しばらく考えて、それから照れながらこう言いました。
 「わ、わたし、おいしいものが食べたいです。」
 Dr.ハポンは持っていたサンドイッチを半分にして差し出しました。
 アロアロくんはすこし迷ってから、えいっとかぶりつきました。

 トマトから太陽のにおいがしました。あんまりおいしくて、なぜだか涙がぽろぽろこぼれてきました。

 ねえ、みなさんは健康のためにどんなことをしていますか?健康ってなんのためにあるのでしょう?わたしたちもアロアロくんと一緒にすこし考えてみませんか。その答えが見つかる場所は、月にいちばん近い山のいただきかもしれませんし、宇宙の反対側の小さな星かもしれません。

(「健康保険」2005年7月号 掲載)

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