
平井正也 作
魚の世界には医者はいません。鳥の世界にも医者はいません。その村にもやっぱり医者はいませんでした。けれどもわたしは、わたしたちのことばでは医者と呼ぶのがほんとうのような人を知っています。ですからわたしたちは彼のことをDr.ハポンと呼ぶことにしましょう。
第3話「Dr.ハポンのすとれす研究」
その村に長雨の季節がやってきました。なかなか洗濯物は乾かないし、ふとんも干せません。したいことができない、ということはみんなの体の調子をすこしくるわせました。そして誰が言いだしたのかすとれすということばがはやりだしました。そのことばはたとえばこんなふうに使うのです。
わたしピーマン嫌いなのに、お弁当残すとしかられちゃうからすとれすになっちゃう。
ぼくはもっとゆっくり起きたいけど、学校は朝が早いからすとれすがたまる。
Dr.ハポンにはその意味がわかりませんでした。なのですとれすがどこかに落ちていないか探しに行きました。まずは友達のネオンのところへ。

「ねえネオン、すとれすって見たことあるかい?」
「あのねハポン。すとれすって目に見えるものじゃないよ。ぼくがおそとでブランコしたいのに、雨がやまないからできないってことさ。」
「ふーん。ぼくならその日の雨の色を観察したり、雨の音を聞いたりしているよ。雨なのにブランコなんて考えたこともなかったなあ!」
とりあえずすとれすはピーマンや朝寝坊の仲間ではないことがわかりました。いろいろなすとれすがありそうなので、次にポレポレじいさんを訪ねました。
「おじいさん、すとれすって知っていますか?」
「わしは硬い肉が食いたいのに、入れ歯がずれてがしがし噛めなくなってしもうた。それがすとれすというのかのう?」
「へーえ。歯が悪いのに硬いものを食べたくなるなんて不思議ですね。ぼくなら虫歯のときにチョコレートを食べたいとは思わないけどなあ!」
Dr.ハポンはポレポレじいさんの入れ歯の具合をよくして、それから他にもたくさんすとれすの話を聴いてまわりました。するとひとりひとり違うすとれすがあるのです。結局、最後はくたびれてネオンのところへ遊びに行きました。
「ねえネオン、お風呂を焚いてきたから、雨の中で遊ぼうよ。」
ふたりは競争するように泥んこになって雨を浴びました。そしてからだから湯気が出るくらい踊って、笑いました。ネオンは雨がこんなにたのしいと思ったのははじめてでした。お風呂が沸いたころ家に帰って、一緒に湯船につかるとお湯が真っ黒になってしまいました。

Dr.ハポンはおふろであたたまりながらこんなことを考えていました。
みんな、できないことをしようとする。そしてみんな、なぜか我慢をしようとする。ほんとうに我慢しなければいけないことなんか、ぼくにはほとんどないように思えるがなあ。
ねえみなさん、すとれすってどういうものだか知っていますか?もし知っていたらDr.ハポンに教えてあげてください。そして彼がなんていうか想像してみてください。
その村がどこにあるのかって?それは月にいちばん近い山のいただきかもしれませんし、宇宙の反対側の小さな星かもしれません。
(「健康保険」2005年6月号 掲載)
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